自分の人生の主役は自分なんだよ。
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溶解社会
 事故米不正転売問題で農水大臣が農水省には責任がない、と言ったり、年金改竄問題で厚労相が組織的関与があったことを認めたりと、社会としての末期的症状が次から次へと噴出している。

 人体に問題がある米を食用として転売することは、経営者の人間としてのモラルがおかしくなっている証拠だ。モラルがひとによっててんでんばらばらでは、社会としての共同体の体をなしていない。こんな溶解した社会はとことん落ちて、みんなが骨の髄まで痛い目に遭わないと社会再生はありえない。

 年金改竄問題もしかり。批判する気も失せる。こんな大人社会を見て育つ日本の子供たちがかわいそうでならない。まともな感覚をもった大人になるわけがないじゃないか。モラル喪失世代の大量生産だ。

 特効薬などないし、いらない。日本経済が瀕死の状態になれば、そこから新しい秩序が生まれる可能性がある。今回アメリカがAIGを救済をして金融恐慌を避けるのに必死だが、この一年以内に、金融関係の大型倒産や合併が軒をならべることになろう。金融恐慌を端を発しアメリカの覇権が吹っ飛ぶような世界が実現するとその波は日本経済を襲い、おれが理想としている溶解社会壊滅のための処方箋になる。まあ、そう簡単にアメリカは覇権を手放さないし、たんまりドル建て債権をもつ日本やEUが必死で先進国連合の第一社会繁栄維持のために結束するから、事はそう簡単には運ばないとはおもうが・・・

 個人的には近未来の騒動がいろいろ夢想できて、最近まれに見る高揚感がある。こんな楽しいことはないな。世界恐慌が起これば、おれも経済的逼迫をもろに受ける。たとえ自身が奈落の底に沈んでも、微動だにしない精神を維持する自分でありたい。
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by kitatakeshi-blog | 2008-09-18 17:49 | 日本ななめ切り
9.11テロ  七年が経ったか・・・
 9.11のテロから7年の歳月が流れた。いまでもイラクで、アフガニスタンで、パレスチナで、住民たちが死んでいく。アメリカで起こったテロは最大限にマスコミで喧伝されるが、9.11以上の惨事に見舞われているこれらの地域では世界規模での民意が低いせいか、虫けらが殺されていくかのような報道ぶりだ。

 世界最強の国でのテロの非だけがニュースをにぎわす。この現象を受け入れているわれわれの立ち位置が一番問題なんだ。もっとテロリストとは何なのかを自分の頭で考えることがたいせつだ。そこから彼らとの接点が見出せよう。そうすればテロ撲滅のための道筋がでてくる。テロは悪だ。自由主義社会を守るために圧力をくわえたところで、くさいものには蓋的な態度ではなんらテロは世界からなくならない。テロの背後にある圧政や貧困問題に第一世界は真剣に取り組まないかぎり、テロ問題は解決しないんだ。

 たまたま、1991年に亡くなられた竹中労(たけなかつとむ)さんのテロに対する考え方を示す映像をYOU TUBE http://jp.youtube.com/watch?v=ysk6ukC6-nEで発見した。おれが言いたいことを十分に言い表しているので、参考にしてほしいとおもう。
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by kitatakeshi-blog | 2008-09-12 21:19 | 日本ななめ切り
総選挙間近、に想う
 団塊の世代の下の世代であり、世間からはシラケ世代という名で呼ばれていた世代にぞくしていたけれども、高校時代に、社会的問題をああでもない、こうでもない、と身近な友達たちと議論をしていた。大人からは青い尻しやがって、と揶揄された議論も多々した。天下国家を自分の感情の赴くまま、取り留めなくぶっていたようにおもう。理論武装するために、あえて哲学書を読み、何がなんだかわからないまま、あたかも自分の意見のように述べ、激論を交わしていた。

 高校時代の友達がマドリッドに訪ねてきて、何十年かぶりで逢ったとき、その友人は、後にも先にも、あんなに社会的問題で激論をしたのは、高校時代だけだったなと、述懐していた。俺の場合は、日本のあらゆる階層の方と接する職業柄、時々は政治的見解を述べることがある。シロウト考えをしっかり公言することによって、10年先、20年先、50年先、100年先に自分にとっての理想社会のおおまかな輪郭ができあがった。平行して自分の生き方ができあがった時期でもある。その結果、年とともに、激論することはなくなったが、何が起こっても動じない自分の個人主義が確立できてきたのかな、と考えている。

 総選挙も間近なようだ。自民党がどうの、民主党がどうのという近視眼的なことより、政権交代が民主主義の世の中では普通のこととおれは認識している。それが自明の理とおもえるようになるためにも日ごろのお茶の間での、飲み屋での政治論議が政治意識を高めるためにも大切なことだ。みんなのちょっとした日常行動の変化こそが、おおきく社会を変える、と思える人が増えるといいんだが・・・どうだろうか。
 
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by kitatakeshi-blog | 2008-09-09 00:17 | 日本ななめ切り