自分の人生の主役は自分なんだよ。
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弁護士・安田好弘
オウム真理教教主・麻原彰晃の主任弁護人をつとめた安田さんの「生きるという権利」(講談社)を再読。日本では人権という概念が一般化し人々の血肉となっていないことを危惧しているおれにとっては、まったくもって安田さんの主張は納得できる。少数派だろうけれど、安田弁護士が日本に存在しているだけで、安堵感をおぼえる。

 ちなみに彼が手がけた刑事事件を列挙する。これだけでもかれの人となりがよく判る。

 山谷暴動
新宿駅西口バス放火事件
山梨用事誘拐殺人事件
名古屋女子大生誘拐殺人事件
宮代町星殺害事件
北海道連続婦女暴行殺人事件
滝田修・鎌田俊彦・泉水博・丸山修・坂口弘ら新左翼の闘士たちの弁護
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by kitatakeshi-blog | 2007-11-25 15:55 | 日本ななめ切り
改正入管難民法
 11月20日、入国する外国人に指紋採取と顔写真撮影を義務づける改正入管難民法改正入管難民法が施行された。

 日本人と永住権がある在日のかたがたは免除されるという。外国人は何をしでかすかわからない人々、という位置づけなのか。どうして入国者全員に施行しないのか。政府が言うようにテロリストや不法滞在ははじめとした犯罪者の摘発をするというのならば、日本人のなかにも在日のひとのなかにも犯罪者がいる、というのが普通に思いつくことじゃないか。分断して統治せよ、の見本でもある。そもそも政府にそこまで個人の人権に深入りする権利があるのか。

 賛成者の意見を見ていると、自分は犯罪に関係がないのだから問題がない、という意見が多い。しかし歴史をひも解くと、権力というのはいかようにも捻じ曲げて法解釈をする。戦前の治安維持法がいい例だ。はじめは犯罪者の範囲にはいっていなくても、いつのまにかブラックリストに載っていく。

 権力に基本的人権に介入させる危険がそこにある。そことのところをしっかりと考えてほしい。プライベートを侵害する法令には疑心暗鬼の気持ちをもち、権力者の言いなりにはならない意思をもちたい、といっても現代日本人には馬耳東風なのだろうか。
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by kitatakeshi-blog | 2007-11-21 22:20 | 日本ななめ切り
守屋防衛次官 証人喚問に想う
 国の政策をきめるトップのモラルのなさを罵倒したところで、物事はなにもかわらない。人のうわさも75日。あとからおもうとそんなこともあったな、で終わりだろう。

 どうして学力や高学歴があるだけで、ひとは頭がいいとおもい、尊敬するのか。若いときから疑問に思っていることだ。その人となりをしっかり見据えて人を判断すればいい、ただそれだけのことなのに。すこし考えてみれば、わかりそうなものだが、子供のときから物事を考える、という教育をほとんどの国民が受けていないので、どうしても学校で教える文部省的レールのうえでしか思考できないんだろうな。つまり学力エリート=頭のいい人、ってな訳だ。

 守屋次官なんかは民間へ行ったほうがよかった学校エリートかもしれない。なんてったつてこんな不祥事をするということは、お金が好きな人なんだ。そういう人は上級国家公務員には向かないんだ。私論をいえば、上級国家公務員の賃金がやすいから、こんなことにもなる。天下りが絶えないのも、人情としてはわかる。上級国家公務員の給料は十倍にしてもいい、と思っているよ。これだけでかなりモラルがあがるだろう。そして上級国家公務員の試験では古今東西の哲学を出題範囲にする。そこに精通してこそ、カネとは無縁な思考回路になるとおもうからだ。

 こんなことを書くのも明治維新政府によって否定された徳川幕藩体制の旗本のモラルの高さに着目するからだ。3歳のときから儒教的な教育を施され、一生、お金にさわったこともない旗本(今でいう上級国家公務員)がほとんどだという。ここに徳川幕府260年の天下泰平があったのだろうと想像する。

 それに江戸時代の寺小屋制度。これも今の文部省的学校よりどれだけいいことか。何歳に寺小屋にいってもいい。たとえば算数に精通しているものは精通していないものに教える。生徒が生徒に教えるわけだ。現代的にいい改めれば小学四年の生徒が小学一年の生徒に教える。教えるほうも再確認ができ、知識を深められる。この方式をとれば寺小屋のように60人の生徒を一人の先生でまわすことができる。人件費、つまりは税金の大幅な削減になる。それでいて国民全体の学力が上がる。一石二鳥だ。現代日本は知恵が足りないよ。

 また寺小屋には6000冊ににぼる教科書があったという。何を学んでも自由だ。しかしどの教科書を学ぶにしても、読み書きができなければ話にならない。読み書きは基礎中の基礎だ。その当時幕府には寺小屋のための検定教科書なんてものはなかった。その結果どうなったか。19世紀の幕末のころに来日した欧米人は日本人の識字率の高さに目を丸くしたという。欧米にあって日本に存在していないものでも、すぐに日本人は理解した。

 そろそろ欧米かぶれした明治維新以来の流れを断ち切るときがきたように思うね。もっと日本人にあった社会制度というものが考えられていい。そのいい教材が江戸時代の制度の見直しかもしれない。ここ数年、おれは江戸時代のことを調べているが、現代にも生かせる制度がたくさんあるよ。

2007年11月16日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2007-11-15 20:10 | 日本ななめ切り
小沢民主党代表 辞任
 久しぶりにおもしろい現実政治家の動きを拝見した。辞任会見のビデオをみたが、小沢さんの言っていることは、ひとつひとつ納得がいくものであった。すくなくともアメリカ一辺倒からの脱却というのは日本の針路を考える上で、おおきな転換点だ。また民主党の力量を考える上で、次の総選挙で大勝するとは考えにくい。連立をして与党として民主党の政策を実現していくほうが、民主党が国民に認知される近道というのも道理がある。民主党が力量を蓄えることは今後10年の日本政治にとっていいことだとおれもおもう。

 今後の小沢氏の動向によるが、参議院での与野党逆転のために17名以上の参議院の小沢親兵をひきつれて自民党にいくようでは、男がさがるな。民主党が大人の政党になるような行動をされることを期待するね。そのためにも小沢代表残留のためにほかの民主党議員がどうでるかだ。小沢氏以外でだれが代表になっても、次の衆議院選挙はかてまい。代表の考え方にどれだけ党執行部や国会議員・地方議員が擦り寄れるかだ。

 体制翼賛的なんて批判は当然でるだろうが、現在の日本の国力をかんがえれば、国際的な影響力から見て政治空白は許されまい。それが戦前の日本とは違うところだ。いまのままでは重要法案が国会を通らない。政府を追い詰めて衆議院で勝ったとしても、今の民主党の力量では短期政権で終わってしまうだろう。経験不足から何事にも勇み足になるからだ。

 岩波書店の世界11月号の小沢論文を読ませてもらったが、俺とは考え方が違うが筋が通っていた。考え方が違っていても筋を通す人間をおれは大切にしたい。今後小沢氏がどういう行動にでるか、注意深く見守ることにしよう。

2007年11月5日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2007-11-06 03:28 | 日本ななめ切り