自分の人生の主役は自分なんだよ。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
<   2006年 07月 ( 2 )   > この月の画像一覧
靖国合祀
 このところA級戦犯が靖国神社に合祀されていらい昭和天皇は靖国参拝していないが、そのメモが発表されたり、、A級戦犯にされた元首相 広田弘毅の孫が靖国合祀に同意した覚えはないというA級戦犯遺族のなかで異例の発言をしたりというのがマスコミで賑わいをみせている。

 要するに勇退する小泉首相が公約である8月15日参拝をなんとしても阻止しようという政治的な判断なんだろう。首相になるまえは靖国参拝なんかすこしも気にかけたことのない小泉氏がにわか靖国信者になり参拝をくりかえして、ご存知のように中国・韓国との関係が悪化した。一度として小泉首相は中国首脳と会談ができないでいる。

 日中国交回復のときに、大日本帝国の中国侵略にいためつけられた中国人民を納得させるために時の中国首相であった周恩来は日本軍国主義が悪いのであって日本人民はわるくないと発言した。そうして日本軍国主義のために被害を受けたであろう肉親をもつ中国人民を説き伏せたんだ。

 つまり日本人民が選んだ政府が軍人たちを押さえらせずに中国侵略を許した。時の権力者たちが一番悪いんだろう。そこで一般日本国民は免責されたわけだ。日本国民ひとり一人にだって戦争責任はあるんだ。そこのところをしっかりと自覚しないといけない。一般日本人にまで戦争責任の範囲をひろげると収拾がつかなくなるので、前述の周恩来首相の発言があるわけだ。紳士協定で、すくなくとも閣僚級の人間は靖国参拝をしないとして暗黙の了解があったわけだ。それでも歴代首相のなかでも私的参拝だからいいだろうといわんばかりに参拝が続いていた。

 中国政府の日本人にたいする寛大さに甘えているのが日本人おれたち一人一人なんじゃないか。首相が参拝して何が悪いなんていう空気をみて、中国人民はどうおもうか。すこし相手の気持ちになればわかることじゃないか。A級戦犯は日本人と中国人やアジアの人々の落としどころとなったのが、歴史を調べればわかる。盧溝橋事件以後中国に戦線が拡大していったときの首相・広田弘毅は戦線拡大を阻止できなかったばかりに文官で唯一A級戦犯にされ絞首刑になった。中国人民説得へのスケープゴード、いけにえなんだ。まあ東京裁判自体におれは異議があるが、また別の機会にそのことは書こうとおもう。

 アジアとりわけ中国との関係修復が急務と権力内部で判断したんだろう。そうでなければ、マスコミに大々的に今回のような報道がされるわけがない。

2006年7月27日 喜多武司
[PR]
by kitatakeshi-blog | 2006-07-27 08:34 | 日本ななめ切り
Rub me tender
 訪米中の小泉首相が記者会見で記者団から大笑いされていた。もちろんエルビス=プレスリーの曲「LOVE ME TENDER」のつもりで言ったんだろう。でも日本人にはむずかしい発音「L」と「R」の区別をつけて発音できないために「RUB ME TENDER」にも聞こえるんだ。どんな意味かって?「私のナニをやさしくこすって」ちょうだいという意味だ。まあおれも小泉氏の発音をけなすほどLとRの区別をつけて発音ができないけれどね。小泉氏本人はプレスリー好きが記者団に分かってもらえてご満悦の顔をしておられた。しかし一国の首相は国の顔だ。国際社会では日本国の気品が相当おちたはずだ。

 ブッシュ政権は議会で小泉首相のスピーチを目論んでいたようだが、首相の靖国神社参拝問題で外交委員長からクレームがでて、日本人宰相初のスピーチはつぶされてしまった。議会でスピーチすることはたいへんな名誉なことらしい。いかに靖国問題が国際社会では重要な問題かが再確認された格好だ。

 勇退の花道のために設けられたような日米首脳会談であった。日本同様米国でも国内外で重要な問題が山積されているというのにプレスリーの生家訪問なんてしている場合か。脳天気なブッシュ・小泉両氏である。それに輪をかけてアホな報道をした日本の報道陣の有様をみるとつくづく大衆迎合主義的インテリを象徴しているな。みんな自分の利益にさえなればそれでよし、ということなんだろう。

 いったい日本はどこへ向かおうとしているのか。権力機構を牛耳る政官財およびマスメディアの中で、大局で物事を考える人間が輩出される社会システムにしないと日本沈没は長い目でみれば間違いないところだ。しかし教育基本法を改悪しようという輩ばかりが権力機構に巣食っている。教育基本法が悪いから子供らがおかしくなるという論法のようだが、俺に言わせれば教育基本法を権力者たちが戦後骨抜きにしてきたから今日の日本社会の惨状があるんだ。本を読んで、文章を書き、発表しみんなで自分の頭を使って議論をする。このことを子供のときからしていれば、おかしな社会になんかならないよ。子供の多様性を認めた教育をすることが末代までの社会の安定につながるということが社会の常識になる日が日本にはこないのだろうか。

2006年7月3日 喜多武司
[PR]
by kitatakeshi-blog | 2006-07-03 17:51 | 日本ななめ切り