自分の人生の主役は自分なんだよ。
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スローフード、どうかな?
 子供たちの嬌声が聞こえる。数メートル先の浅瀬で足首まで水に浸かりながら数人の子が遊んでいる。どうも運河を川べりにつくり川の水を流し込んで遊んでいる。川はゆったりと流れ、清流にもぐさは水の中で優雅にスローダンスをしてみせる。

 子供たちをよくみると、髪の毛は黒く、肌は褐色にかがやいている。目鼻立ちはくっきりしていて典型的な中南米人だ。中南米といってもひろいのだが、長年スペインに住んでいても、その程度の判断しか下せない。
 
 今日はバーべキューをしに、アルベルチェ河の河岸にきた。家から車で30分ほど。それでも40キロは離れている。子供が小さいので、最近はなかなかゆっくりと食事、という訳にはいかない。レストラン好きのわれわれには少し物足りないのだが、春の陽光に誘い出されるかのように、バーべキューのできるアルディア デ フレスノ村にやってきた。最近は山火事が多発して火を使えるところが少なくなった。来年もここにきてバーベキューができればいいのだが・・・

 さっそく火をつけることにする。家から持ってきた直径45センチの円形状のバーベキューの台に三脚をつけ、組み立てる。新聞紙を細かく破り、そこかしこに落ちている枯れ木の枝を集めて円形状の台にのせ火をつける。そして炭をくべる。最近はすぐに火がつくように炭は加工されている。新聞紙や枯れ枝が十分に燃え尽き、炭に火がついたのを見てさっそく今日のご馳走・子羊のあばらの骨付き肉を網の上にのせる。

 一体化した備え付けの木製のテーブルとイスがある。そこに座り、肉が焼けるあいだに海苔弁当をだしレタス・きゅうり・トマトのはいったサラダをつくる。むすめは芝生の上に群生している菜の花をさわったり、蟻をみたりしている。お砂場セットをわたすとシャベルを芝生に突き刺そうとしている。早速クーラーボックスにはいっているビールをとりだし妻と二人で乾杯をする。すかさず生後13ヶ月になる娘がビールめがけてハイハイしながら突進してくる。

 肉が焼けると一年前につくったニンニクしょうゆを肉に絡めて食する。子羊の独特の香りとニンニクしょうゆがすばらしいハーモニーを奏でる。ニンニクしょうゆはワイン酢でニンニク2株の皮をむき一週間ほど漬ける。ニンニクが紫色に変わってきたらアクが取れた証拠だ。酢は捨ててニンニクの容器にしょうゆを入れて終わり。しょうゆがなくなったら継ぎ足せばいい。冷蔵庫に入れておけば1年ぐらい平気で持つ。

 そういえば日本の食品世界は添加物だらけのようだな。コンビニ弁当なんか優に30種類ぐらい添加物が入っているようだ。どうも話によると肉団子なんていうのは、素人考えによると肉が主体で少しづつ添加物がはいっているとおもうだろうが、なんと肉は20から30%ぐらいしか入っていないと専門家がおっしゃっていた。あとは化学的に肉さえも作ってしまう。化学物質をたべさせられているようなものだ。しかし見た目が良くて安くてうまい、ときている。大量の添加物が食品にはいって30年になると言うが、日本人を使って壮大な人体実験をしているようにみえる。通訳ガイド業をしているといろんな職種の方とお会いできるから目からうろこのような話がたくさんある。

 スペインにいるからできるんだろうけれど、また化学物質摂取をさけるという意味もあると思うがスローフードは精神を豊かにするな。道に咲いている草花にも目がいくようになる。ファーストフード慣れしてきているな、と思うようなら、すこし手間暇かけてカネをかけて割高になるスローフードをやってみるのも気分転換になっていいかもしれない。おれが日本にいたらカツオ節とカンナを買ってきて早速それで出汁をとってうまい味噌汁をすすりたい。

2006年4月16日 喜多武司
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フランス 新雇用制度問題
 先日は移民の雇用問題で大騒ぎになり、今回は若者の雇用問題でフランス社会に緊張が高まっている。おれは若いときに3年ほどパリに住んでいたのだが、この国のすばらしいところは国民が政府の不当な行為について黙っていないということだ。喜怒哀楽がはっきりしている。それに民主主義というものが国民の血肉になっている。複数のフランスの友人から次のように言われたことがある「あんたのいうことにこれっぽちも賛成できないけれど、発言する権利はみとめるよ」


 若者の雇用問題の核心は、一回雇ったら仕事が出来ないなんてことでクビになんかにするなよ、ということだ。政府要人のように仕事の出来るやつにはなんとも歯がゆいことだ。もっと競争原理を導入して国全体の経済活性化をしようということなんだろう。

 でもな、一生懸命しても能率よく仕事をこなせないやつは社会にいるんだよ。そんな人間だって生活しなきゃならないんだ。仕事のできないやつのことを頭が悪いだのアホだの言う前に、頭がいい君が、頭が良いんだから社会的弱者に寛大な気持ちで当たれないのかな。

 今日小学生をマンションから突き落とした男が自首しただろう。想像するしかないがこの男は社会的弱者で、社会からいじめられむしゃくしゃして、より弱いものを見つけて社会に復讐しようとしたんじゃないのか。子供を殺すなんて最低の男だ。個人の心情としておれはこんなやつは生かしておけない。

 でも社会的弱者に社会が寛大であったならば、こんな男は出現しなかったかもしれない。この男を殺したところで殺された子供は戻ってはこない。この悲劇を繰り返さないためにも、社会は弱者に寛容なものであるべきなんだ。そしてまさに今フランス社会がもめているのは強者の論理で社会を運営するのか、弱者に寛容な社会の実現か、の相反する二つの価値観のぶつかり合いなんだ。

2006年4月1日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2006-04-01 15:58 | 日本ななめ切り