自分の人生の主役は自分なんだよ。
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マンション耐震強度偽装事件
 一連の事件の報道をみていると誤解を恐れずに言えば、つくづく社会の必要悪であった「談合」という制度が黙認されたほうが良かったのではないかとおもう。利益が確保できれば今回のような考え方が関係者の頭をよぎらなったとおもうからだ。

 談合という制度は建設業界では良く行われていた。大変な数の中小零細業者にまで仕事が回るようにする制度でもあったのだ。また中小零細企業が不良とよばれる子供たちやこれといって才能のない労働者に仕事を回して受け皿になっていた。ある意味では民間における底辺労働者のセイフティーネットだったわけだ。

 もちろん親会社は公共事業も含めてたんまりと儲けたわけだ。しかし人命を脅かされるマンションをつくられるよりよほどよかったかもしれない。罰則が強化されて「談合」しずらい環境が最大の原因だとおもうのは俺ひとりだろうか。

 談合は悪ということで優秀な官僚が法律を整備し社会の隙間を埋めてしまったことが本当は問題ではないのか。社会のは隙間があったほうがいい、いい加減さといっていいかもしれない。なんでも計算どうりにきちっと行かないのが社会だということを再認識した方がいいだろう。

 もうひとつ感じたのは日本の生活世界の基盤というのは何なのかということだ。国会の証人喚問でひとりひとりが良心に誓って・・・と宣誓するが、この時の「良心」とはなんなのだろうか。ヨーロッパは宗教とルールが確立されている社会で、神にそむく発言が良心にそむく発言ということなのだが、宗教基盤やルールのない日本社会ではたして「良心に誓って」という儀式が必要なのか疑われる。偽証罪に問われるかどうかの低問題でしかないようにおもわれるからだ。

2005年12月17日 喜多武司

 
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by kitatakeshi-blog | 2005-12-18 05:06 | 日本ななめ切り
小学1年少女殺人事件
 広島で起きた小一少女殺人事件で、日系ペルー人が犯人として捕まった。詳細は今後の捜査での解明を待つしかないのだが、あまりにも痛々しい。おれも生まれたばかりの娘がいるがこんな事件に巻き込まれたらどうしようか、今から考えておかなくてはいけない。こんなことを考えるような社会になってしまったことが、一番頭にくる。しかし想定できた事件でもある。

 なぜ想定できるのか。それは小泉改革が進むにつれてむき出しの資本主義が社会で大手を振っているからだ。会社の財務内容をよくするためにリストラするなんぞ空気のように当たり前になってしまった。小泉改革で恩恵をうけるのは本当は10人にひとりぐらいじゃないか、とおれは思っている。その中に入れればこんな極楽はないだろう。しかしそうは問屋は卸さない。

 この日系ペルー人も小泉改革のもと、まわりにまわってリストラされて明日をもしれないその日暮らしをしていたのではあるまいか。将来に希望が見出せない若者には、自暴自棄にならざるを得ない。社会的弱者はより弱いものを見つけて襲い掛かる。おれも高校時代、家を飛び出し、ひとりでバイトをしながら高校に通っていたが、進学校だったこともあり大学に行くのは当たり前の環境のなかで、悶々としていた。たとえ大学入学したって一高校生がどこから入学金をもってくればいいんだ?そんなところから勉強することに意義を見出せずにいた。自堕落な生活の3年間であった。

 そんな経験をしてきたせいか、この容疑者の気持ちがいたいほどわかる。むしゃくしゃしてたんだ。そしてそのことを相談する人間もいないし、親身になって世話をしてくれる人間が周りにいなかったのではないかな。俺の場合は幸運にも親身になってくれる親代わりの人がいたから助かったけれど。もしそんな人間がいなければ犯罪のひとつやふたつ犯していたかもしれない。

 社会的に虐げられている人間を増産しているのが、小泉改革の美名のもとで進んできた社会変革だ。そんな虐げられた人間が増えれば増えるほど、内向し社会不満のエネルギーとなって、どんでもない形になって爆発することだろう。そう10年前のオウムサリン事件は今後日本社会が突き進む序奏の犯罪でしかない、ということがみんなの目にも明らかになる日も遠いことでもないかもしれないな。

2005年12月2日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2005-12-03 00:46 | 日本ななめ切り