自分の人生の主役は自分なんだよ。
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共謀罪
 選挙後の臨時国会で郵政法案が可決されようとしているわけだが、刺客議員の答弁が国会をにぎわしているようだ。臨時国会での法案審議というのは珍しいことだとおもうが、郵政法案のみならず、共謀罪と身体障害者自立支援法案も成立させようといている。身障者自立支援法案についていえば、身障者「切捨て」法案だとおれは考えているが、今回は共謀罪について考えることにする。

 
 国連越境組織犯罪防止条約批准のために必要な法案だというのが共謀罪国会提出の趣旨のようだ。麻薬犯罪や人身売買という犯罪を取り締まるため国連が主導して2001年に国連総会で可決された。2002年・2003年と共謀罪を国会に提出されたが、廃案となった。

 なぜ廃案になったかというと、共謀罪というのはとんでもない法案だからだ。なんか悪いことを画策し「合意」しただけで犯罪になるという。懲役4年以上犯罪に適用されるという。なんとその数・615もあるんだ。本来は麻薬・人身売買に限定されている国際条約を批准するためにこの共謀罪は必要だとされるんだが、法務官僚は、自分たちの力を増大させるために拡大解釈して法案提出とあいなった。

 市民運動阻止のために、この法律が適用されるのは目にみえている。インターネットでのやり取りさえ、難癖をつけられるやもしれぬ。なんともはやジョージ=オーエルの「1984」の世界そのままの監視社会が目前に迫っている。

 ほとんどの市民はおれはなんも悪いことなんかしないし、しようとおもったこともない。共謀罪が成立したところで痛くも痒くもない、おもっているかもしれない。しかしここに落とし穴があるんだ。共謀罪には密告制度というのがあって密告したやつは罪が減免されるんだ。つまりあんたを気に食わないとおもっているやつがいるとしたら、罠に嵌められる危険性があるということなんだ。そして密告したやつは罪を免れるというわけだ。

 こんな法律ができたら人間不信を基盤にした社会が構築されていくだろう。いいたいことは山ほどあるが黙っていることが一番、という社会になっていくんだ。そして権力機構は好き勝手なことをしはじめる。それとても批判の声が上げられない。こんな法律が修正もなしで与党の大多数で可決されようものなら、もう日本はおしまいだ。

2005年10月9日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2005-10-09 17:57 | 日本ななめ切り
バリ島連続爆破テロ

また連続無差別テロがバリ島でおこった。世界的な観光地だということで世界のメディアは大々的に世界中に報道している。しかし毎日世界のどこかでテロが起こり人々が死んでいるんだ。そう、報道されずに人々が殺されている現実だ。

 だんだんと世界中の人々は「テロ慣れ」してきている。テレビをみながら(またかよ)とつぶやいている顔が浮かぶよ。だって俺自身が正直言ってそんな気持ちになるからだ。

 自分の力ではどうしようもないのがテロ被害だろう。おれだってマドリッドの街角を歩いていて、突然自動車に仕掛けられた爆弾が爆発し被害にあうかもしれない。ETA(バスク地方テロ集団)はこの手口で過去に累計700名以上の命を奪った。自分に直接の被害が及ばなければ対岸の火事ぐらいに思って生きているのがおれたち凡夫のかなしい現実だろう。

 自分や自分の家族さえ安泰ならばそれでいい。社会的問題なんかに目を向ける余裕なんて忙しい自分の生活の中にはないんだよ。それを専門に研究されている学者先生にお願いすりゃいいじゃねえか。適当に政府の行動をつついたりして、それなりの言動をしてくれる。俺たち大衆の欲求不満解消に一役買ってくれるというわけだ。と、そんな声が聞こえてくる。

 先の戦争に突入していった社会状況とたいへん似ているんだ。アナログ情報の新聞やテレビの影響力は本当に強い。大多数の人々が社会情報をこの新聞やテレビから吸収しているからだ。しかし新聞やテレビは情報操作を政府や巨大資本によって操作されているのが現実なんだ。話三分の一に聞いていないとだんだんと洗脳されていく。

 60年前にたいへんな痛い目に遭い、二度と間違いを繰り返すまいとその当時の人々はおもったことだろう。しかし次の世代や次の次の世代にその原体験をしっかりと継承しなかったために、またまた同じ過ちを犯すような社会状況になってきた。二大政党の両党首とも憲法9条改悪、普通の戦争のできる国になろうとすることが良いことだとおもっている。こんな感情が当たり前になるのも、たとえばイラク戦争のときに爆撃をうけた場所から黒煙だけは放映するのだが、その下で何が起こっているかを見せない報道姿勢に連結しているようにおもわれる。阿鼻叫喚の地獄図が展開されていることは少し考えればわかりそうなものなのだが、爆撃報道のテレビを見ている人々は忙しい生活をおくっている。一歩深く考えるところまでいかない。

 自分や自分の家族を守ることは大切なことだ。しかしそれは大状況としての社会のあり方が健全なときのみ機能する考え方のようにおれには思えるんだ。つまり大元の社会の方向性を軌道修正しないかぎり、われわれのちっぽけな家族の幸せはあっけなく崩壊させられる危険が大だということなんだ。

2005年10月4日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2005-10-04 17:35 | 日本ななめ切り