自分の人生の主役は自分なんだよ。
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カテゴリ:私的なこと( 15 )
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喜多武司 拝
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by kitatakeshi-blog | 2010-03-27 18:58 | 私的なこと
kazu
 kazu は43歳にして現役のプロサッカー選手を続けているんだな。たまたまプロフェショナル・仕事の流儀の番組をみていて、今日のプロフェショナルはkazuだった。98年フランス大会に日本代表になれなかったことが、かれを大成させたようだ。人気・実力ともに頂点であったころまでは、自分の人生の余興だった、と言い切った。

彼にぴったりのテーマ曲「progress」
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by kitatakeshi-blog | 2010-03-27 09:01 | 私的なこと
自分の人生の主人公になりたければ・・・
 集団のまとまりの阻害になると日本国民の大多数がおもっているのか、政治や宗教の話が日本社会ではなかなかできにくい状況が続いている。そのことこそ社会変革を進める大障害になっているとおれはかんがえている。なぜなら、何か問題が起こったときに、マスメディアが垂れ流すリーク情報、特に新聞なら一面のトップ記事、テレビなら最初のニュースに気がうばわれて、なにも考えずに素直に受け入れてしまう習慣をつくってしまうからだ。そのことが蓄積されるといつのまにか思考停止状態になってしまう。

 日本社会の根本的な問題は、支配層が作った「権威」を盲目的に日本国民の大多数が受け入れてしまうことだ。新聞の記事は正しいとか東大をでている人は頭がいいとか警察・検察・裁判官は絶対的正義だとか、大会社の社長は偉いだとか学者先生がおっしゃっていることは間違いないとか有名な評論家だから信用できるとか経済の巨大なつながりからしてアメリカのいうことは聞かないといけないだとか・・言い出したらきりがないな。

 おれは人は人格や考え方・行動をを見て決める。ちょうど自意識が確立しだした高校時代からそう思っている。社会的な上昇志向があった中学までは上に挙げた「権威」を鵜呑みにしていたとおもうのだが・・・ということはひとは社会的上昇志向があるとき、またはそれを目指しつつも、自分はダメだ、とおもったとき、「権威」を欲しがる、尊ぶということが言えはしまいか。

 支配層が作った「権威」というものを尊ぶ大多数の国民の精神構造は社会的上昇志向というもに全精神が支配されていないか、とおもうのだ。断っておくが社会的上昇志向を全否定するつもりはさらさらない。日々の生きがい・やりがいにつながるからだ。しかし、心の大部分を社会的上昇志向が占めているとなると問題だとおれは思っている。

 日本で抜本的な改革が進まないのは、自民党・財界・特権官僚・マスメディア・アメリカを中心とした外資がかたく手をにぎりあって、どんな改革もこの5分野には自分達の特権に悪影響を及ぼされないように全力をあげて阻止しているからだ。つまり社会的上昇志向の行き着く先はこの特権階級に入るということになる。しかし1億2500万の日本の国民全員が入れるわけがない。社会のひずみはいつでもほとんどの一般国民へ、ということになるわけなんだ。

 だからこそ、日本国民はもう少しお悧巧になるという努力をしないと、自分に社会的不利益がふりかかってくる、ということになる。自分の人生の主人公は自分自身でなくては充実した面白い人生なんか歩めないよ。
みんなはどう考えるかな。
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by kitatakeshi-blog | 2009-04-08 18:53 | 私的なこと
2009年を迎える
 2009年を迎えた。2008年度は私生活では散々な目にあった。自分の会社の倒産、だ。その結果、借金が残り、従業員3人を解雇した。従業員に対しては大変申し訳ない思いでいる。たまたまそのうちの一人が、大晦日に連絡をくれた。またできたら一緒に仕事をしたいといってくれた。半分お世辞とはいえ、首にした人間から、電話連絡がもらえることは思ってもいなかったので、すこしジーンときた。

 倒産なんかで、カネのことなんかで負けてたまるか、と自分に言い聞かせている。あいかわらず一寸先は闇、の生活をしているが、ガキのころの食うか食わずの生活からすれば、まだまだ天国の生活だ。精神的な余裕が若干残っているのが、せめてもの救いだ。
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by kitatakeshi-blog | 2009-01-01 01:50 | 私的なこと
お知らせ
だんだんとテーマ別に開設するブログが多くなり、あれもこれも書いている時間がなくなってきた。そこで今後は次のようにしたいとおもうので、興味のある読者は、遊びに来てくれ。

http://kitachan.exblog.jp/喜多武司のぼちぼち宿では、従来どおりの辛口社会派エッセイを書いていきます。

また新設したhttp://kitatakeshibochibochiyado.blogspot.com/喜多武司のぼちぼち宿 旅ものがたりでは、スペイン生活全般の軽口エッセイを書いていきます。観光業に従事している関係からスペインの日常を日本の皆さんに知ってもらいたく、もちろんおれの感覚で書いていきます。いまのところ一番、力を入れるつもりです。

MIXIについては、たまに遊びに来るという感じになります。それでは今後ともよろしく。

喜多武司 拝
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by kitatakeshi-blog | 2008-08-28 19:09 | 私的なこと
家族
 夏休みになると子供をつれて妻が帰国する。今回は一ヶ月ほどで今日、マドリッド空港に到着する。妻が帰国する間、減量をするのが習慣になっている。今回は81キロから76キロの5キロ減である。体のだるさがとけ、日ごろしない掃除・洗濯・アイロンもしようかな、という気になるから不思議だ。おかげで、妻が戻ってきても、怒られずにすみそうだ。

 減量といっても3食食べている。いつもと違うところは、酒の量がすくないことと、おかずは一品なところだ。原料は同じなのにビールを麦茶にかえ、いつもよりおかずのりょうが少ないだけで、こんなに体重が減り、体が軽くなり、物事にたいする気構えがかわってくる。文章を書こうか、という気持ちになったのも減量が一因だ。

 家族がいない夏休みの期間は、家族について熟考するまたとない時期となっている。おれにとって家族とはなにか。妻とは?娘とは?息子とは?、と考えが際限なく拡がる。結局、社会の最小単位である家族は、おれにとってかけがえのないもの、生き抜くエネルギーを与えてくれるである。

 それと同時に考えることは、日本社会の精神的混乱は、崩壊している家族が多いのではないのか、ということだ。夫婦は尊敬しあっているのか、家族間の会話がなりたっているのか。忙しさにかまけて配偶者や子供たちから議論すべきこともしないで逃げ回っていないか。

 再度、真剣に家族のことを考える時間を作ることを提案する。原始共産制の時代から社会の根幹である家族が崩壊していたら、いかなる社会変革も砂上の楼閣となるであろう、と考えるからだ。
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by kitatakeshi-blog | 2008-08-20 19:19 | 私的なこと
作家の小田実さん、逝く・・・
 小田実さんが亡くなられた。75歳だという。あまりにも早すぎる死だ。

 おもえば小田さんのベストセラー「何でも見てやろう」に触発されて、仕事を辞め、荷物をリュックひとつにまとめて、30万円弱の現金を懐にしまい、日本を脱出した。それから20年以上の歳月が過ぎた。いまではスペイン・マドリッドで、のほほんと楽しく暮らしている。もしこの本に出遭わなければ今のおれの生活はなかったかもしれない。一冊の本が人生を左右するとはこのことをいうのだろうか。

 「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」では日本での米軍の脱走兵を匿い、スウェーデンに亡命させる手伝いをしていたりしたのが印象に残っている。日本にも変わったことをする人がいるもんだ、とおもったものだ。

 戦争が終わる前日、1945年8月14日に大阪大空襲があったという。何千という人が犬死した。3月10日の東京大空襲は地元でもあるので知っていたが、大阪の大空襲はしらなかった。原爆を投下されたあと、時の政府が無条件降伏を決断するまで時間がかかった事がこの悲劇をもたらした。この事が小田さんの反戦・平和の言動の原点であると彼の本をいろいろ読むうちに分かってくる。

 小田さん、年金問題や地方格差問題で頭にきた国民の怒りをかって9条改悪をもくろむ安倍政権は参院選で大敗北しましたよ。そのことを知らずに小田さんは逝かれてしまったことだろうが、平和憲法はそうやすやすとは改悪されない政治状況になってきました。せめてもの小田さんへの供養だと思っています。微力ながら小田さんの志をおれは受け継いでいきますよ。

 安らかにお休みください。

 合掌・・・

 喜多武司 拝
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by kitatakeshi-blog | 2007-07-30 04:50 | 私的なこと
コミュニティー広場「mixi」
先日よりコミュニティー広場「mixi」に参加している。軽い日記を書いているから遊びに来てくれ。

http://mixi.jp/show_friend.pl?id=5698820


2006年8月3日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2006-08-04 05:13 | 私的なこと
箱根駅伝
 20年ぶりに箱ね駅伝をみた。それも直に第二区戸塚近辺の国道一号線で、だ。通過予定時間よりも30分ほど早く目的地についた。まだ人もまばらなのだが、一角が人だかりになっている。近づいてみると温かいコーヒーを振舞っている一団がある。素敵な若い女性がコーヒーをニッコリしながら手渡ししている。しっかりと相手の目を見つめて手渡ししているのがとても好印象をあたえる。よく見ると三菱自動車の販売店前である。箱根駅伝のスポンサーをしているし、不祥事事件もあって世間にお詫びの意味を込めているのかもしれない。でも正月早々借り出される社員もたまったものでもないだろう。それとも会社中心の人生でいいのよ、とおもっているのだろうか。

 選手の一団が通る寸前まで車を通すのが日本的だ。それに反対車線は車が通行したままだ。マドリッドだったら選手通過30分前には道路を全線封鎖だ。日本のきめの細かいサービスには脱帽だ。しかし反対車線を車を通したままだと、愉快犯が反対車線から選手にむかって
突っ込んでくるなんてこともありえる。何か事故が起こる前に先手を打つ必要があるんじゃないか。

 選手が近づいてきた。一所懸命の青年の姿というのはすがすがしい。大声で「ガンバレ!」と次から次へと叫んでいる自分がいる。マラソン選手というのは一様に痩せこけている。おれも痩せこけていたから20歳ごろはこんな感じで周りからみえていたのだろうか。いつのまにか腹が出だしている。おれの年齢になると月日とともに体型もかわり、何より精神のみずみずしさが失しなわれていくやつが多い。おれ自身そんな精神になるまいと念じている日々であるが、はたしてどうだろうか。

2006年1月2日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2006-01-02 18:41 | 私的なこと
2006年がはじまった
 12月22日に日本に来た。いきなり腹痛をともなう風邪をひいてしまった。一足先に妻といっしょに帰国していた元気いっぱいの娘が初めて吐き気・下痢をともなうインフルエンザにかかってしまっていた。娘に会うのも一月ぶりなものだから、チューチューしていたら一発でウイルスをもらってしまったというわけだ。

 おれのほうは2日ほどで回復したのだが、まだ10ヶ月の乳児には細菌は手ごわい。いつまでたっても直らない。終いには耳から膿みがではじめた。耳鼻咽喉科にいったら先生は風邪からくる急性中耳炎だという。踏んだりけったりの歳末であった。

 娘の医療費は無料だった。日本の福祉もなかなかやるじゃん。早いところスペインみたいに無駄を徹底的に排除し財政黒字にしてすべての人が無料で医療が受けられるようにしないと。そのためには国民が動かないとだめだけどな。

 歳末のデパートにでかけてみるとよくわかったことがある。以前よりも人が多いんだな。というか身動きが取れないくらいだ。着実に大都会の景気は回復しているようだ。しかし一見、華やかな状況のなかで近くの商店街は人通りも閑散としていた。老舗の饅頭屋が昔ながらのたたずまいをかもしだしていたけれど、人がいないせいか寂しさが漂う。

 着実に日本社会は二分化されてきているということが実感できた。

 最近は忙しさにかまけて更新回数が減ってきている。毎日のようにおれのHPを覗いてくれている読者には本当に申し訳ない。書こうとおもえば書けるくせに何をしているんだ、と自分を叱っているところだ。

 今年もよろしく。

2006年元旦 喜多武司 拝
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by kitatakeshi-blog | 2006-01-01 09:10 | 私的なこと