自分の人生の主役は自分なんだよ。
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カテゴリ:日本ななめ切り( 85 )
鵺(ぬえ)のような日本社会
 昨日、NHKスペシャルで、世界の貧困の実態を特集で放映された。豊かなものはより豊かに、貧しいものはより貧しく、というアメリカンスタンダードがグローバリゼーションと称せられ世界中を跋扈している。アメリカやイギリス・韓国の貧困層、そして日本の貧困層も映し出された。希望のない仕事をしていると、精神が病んでいく。そしてそれが人間不信となって、本来人間に備わっているべき喜怒哀楽の感情表現さえも失われていく。

 グローバリゼーションの経済体制は、強者にとってはいいシステムかもしれないが、圧倒的多数の社会的弱者にとっては、人間存在の根底をゆるがすシステムとなって人類に襲い掛かる。

 一例としてイギリスでは国のプロジェクトとして、道でふらふらしている若者たちに係官が声をかけることから始まり、職業訓練を施し、仕事を斡旋している。その額15兆円の規模だ。ひるがえって日本社会のありようをみていると、公共の援助というのは、ほそぼそとしたものだ。係官となる人間の給料でさえ、朝から夜まで働いて10万円ほど。まともな生活が一ヶ月できる金額ではない。社会奉仕精神がなければとても続けることができまい。ましてや困窮者は貧困から抜け出そうにも技能がないのだから、悪循環になる。とくに日本の母子家庭は代表例だ。養育費を支払われていないのがほとんどで、母親の体力気力しだい、ということになる。

 劣悪な家庭環境が当事者の子供たちの将来のない生活を産み続ける。行き着く先は路上定住者や犯罪予備軍だ。最悪の生活環境を脱皮させるには個人の力量だけでは無理がある。おれたち国民一人ひとりが社会の問題として貧困というものを捉えなおすことができるかが、国が重い腰をあげて、貧困撲滅のために動き出す原動力となろう。そして早期に解決することが、結局は社会の安寧につながるんだ。

 現在、花形産業に従事していたとしても、世の中の変化は速い。明日はわが身だ、ということをかみ締めたい。
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by kitatakeshi-blog | 2007-12-17 21:31 | 日本ななめ切り
弁護士・安田好弘
オウム真理教教主・麻原彰晃の主任弁護人をつとめた安田さんの「生きるという権利」(講談社)を再読。日本では人権という概念が一般化し人々の血肉となっていないことを危惧しているおれにとっては、まったくもって安田さんの主張は納得できる。少数派だろうけれど、安田弁護士が日本に存在しているだけで、安堵感をおぼえる。

 ちなみに彼が手がけた刑事事件を列挙する。これだけでもかれの人となりがよく判る。

 山谷暴動
新宿駅西口バス放火事件
山梨用事誘拐殺人事件
名古屋女子大生誘拐殺人事件
宮代町星殺害事件
北海道連続婦女暴行殺人事件
滝田修・鎌田俊彦・泉水博・丸山修・坂口弘ら新左翼の闘士たちの弁護
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by kitatakeshi-blog | 2007-11-25 15:55 | 日本ななめ切り
改正入管難民法
 11月20日、入国する外国人に指紋採取と顔写真撮影を義務づける改正入管難民法改正入管難民法が施行された。

 日本人と永住権がある在日のかたがたは免除されるという。外国人は何をしでかすかわからない人々、という位置づけなのか。どうして入国者全員に施行しないのか。政府が言うようにテロリストや不法滞在ははじめとした犯罪者の摘発をするというのならば、日本人のなかにも在日のひとのなかにも犯罪者がいる、というのが普通に思いつくことじゃないか。分断して統治せよ、の見本でもある。そもそも政府にそこまで個人の人権に深入りする権利があるのか。

 賛成者の意見を見ていると、自分は犯罪に関係がないのだから問題がない、という意見が多い。しかし歴史をひも解くと、権力というのはいかようにも捻じ曲げて法解釈をする。戦前の治安維持法がいい例だ。はじめは犯罪者の範囲にはいっていなくても、いつのまにかブラックリストに載っていく。

 権力に基本的人権に介入させる危険がそこにある。そことのところをしっかりと考えてほしい。プライベートを侵害する法令には疑心暗鬼の気持ちをもち、権力者の言いなりにはならない意思をもちたい、といっても現代日本人には馬耳東風なのだろうか。
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by kitatakeshi-blog | 2007-11-21 22:20 | 日本ななめ切り
守屋防衛次官 証人喚問に想う
 国の政策をきめるトップのモラルのなさを罵倒したところで、物事はなにもかわらない。人のうわさも75日。あとからおもうとそんなこともあったな、で終わりだろう。

 どうして学力や高学歴があるだけで、ひとは頭がいいとおもい、尊敬するのか。若いときから疑問に思っていることだ。その人となりをしっかり見据えて人を判断すればいい、ただそれだけのことなのに。すこし考えてみれば、わかりそうなものだが、子供のときから物事を考える、という教育をほとんどの国民が受けていないので、どうしても学校で教える文部省的レールのうえでしか思考できないんだろうな。つまり学力エリート=頭のいい人、ってな訳だ。

 守屋次官なんかは民間へ行ったほうがよかった学校エリートかもしれない。なんてったつてこんな不祥事をするということは、お金が好きな人なんだ。そういう人は上級国家公務員には向かないんだ。私論をいえば、上級国家公務員の賃金がやすいから、こんなことにもなる。天下りが絶えないのも、人情としてはわかる。上級国家公務員の給料は十倍にしてもいい、と思っているよ。これだけでかなりモラルがあがるだろう。そして上級国家公務員の試験では古今東西の哲学を出題範囲にする。そこに精通してこそ、カネとは無縁な思考回路になるとおもうからだ。

 こんなことを書くのも明治維新政府によって否定された徳川幕藩体制の旗本のモラルの高さに着目するからだ。3歳のときから儒教的な教育を施され、一生、お金にさわったこともない旗本(今でいう上級国家公務員)がほとんどだという。ここに徳川幕府260年の天下泰平があったのだろうと想像する。

 それに江戸時代の寺小屋制度。これも今の文部省的学校よりどれだけいいことか。何歳に寺小屋にいってもいい。たとえば算数に精通しているものは精通していないものに教える。生徒が生徒に教えるわけだ。現代的にいい改めれば小学四年の生徒が小学一年の生徒に教える。教えるほうも再確認ができ、知識を深められる。この方式をとれば寺小屋のように60人の生徒を一人の先生でまわすことができる。人件費、つまりは税金の大幅な削減になる。それでいて国民全体の学力が上がる。一石二鳥だ。現代日本は知恵が足りないよ。

 また寺小屋には6000冊ににぼる教科書があったという。何を学んでも自由だ。しかしどの教科書を学ぶにしても、読み書きができなければ話にならない。読み書きは基礎中の基礎だ。その当時幕府には寺小屋のための検定教科書なんてものはなかった。その結果どうなったか。19世紀の幕末のころに来日した欧米人は日本人の識字率の高さに目を丸くしたという。欧米にあって日本に存在していないものでも、すぐに日本人は理解した。

 そろそろ欧米かぶれした明治維新以来の流れを断ち切るときがきたように思うね。もっと日本人にあった社会制度というものが考えられていい。そのいい教材が江戸時代の制度の見直しかもしれない。ここ数年、おれは江戸時代のことを調べているが、現代にも生かせる制度がたくさんあるよ。

2007年11月16日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2007-11-15 20:10 | 日本ななめ切り
小沢民主党代表 辞任
 久しぶりにおもしろい現実政治家の動きを拝見した。辞任会見のビデオをみたが、小沢さんの言っていることは、ひとつひとつ納得がいくものであった。すくなくともアメリカ一辺倒からの脱却というのは日本の針路を考える上で、おおきな転換点だ。また民主党の力量を考える上で、次の総選挙で大勝するとは考えにくい。連立をして与党として民主党の政策を実現していくほうが、民主党が国民に認知される近道というのも道理がある。民主党が力量を蓄えることは今後10年の日本政治にとっていいことだとおれもおもう。

 今後の小沢氏の動向によるが、参議院での与野党逆転のために17名以上の参議院の小沢親兵をひきつれて自民党にいくようでは、男がさがるな。民主党が大人の政党になるような行動をされることを期待するね。そのためにも小沢代表残留のためにほかの民主党議員がどうでるかだ。小沢氏以外でだれが代表になっても、次の衆議院選挙はかてまい。代表の考え方にどれだけ党執行部や国会議員・地方議員が擦り寄れるかだ。

 体制翼賛的なんて批判は当然でるだろうが、現在の日本の国力をかんがえれば、国際的な影響力から見て政治空白は許されまい。それが戦前の日本とは違うところだ。いまのままでは重要法案が国会を通らない。政府を追い詰めて衆議院で勝ったとしても、今の民主党の力量では短期政権で終わってしまうだろう。経験不足から何事にも勇み足になるからだ。

 岩波書店の世界11月号の小沢論文を読ませてもらったが、俺とは考え方が違うが筋が通っていた。考え方が違っていても筋を通す人間をおれは大切にしたい。今後小沢氏がどういう行動にでるか、注意深く見守ることにしよう。

2007年11月5日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2007-11-06 03:28 | 日本ななめ切り
bar_madridさんへの回答
  階級社会について誤解されやすい書き方をしてしまったが、おれがいいたいのは、社会の最底辺の人間でもそれなりの生活ができる安全弁が社会には必要だし最優先に解決しなくてはいけない事柄だということだよ。階級社会というのは社会の必要悪だ。俗に言う頭のいい人間はどんな社会状態になってもそれなりにぬきんでるもんだ。そんなやつらが特権階級を形成していく。これはどうしようもない人間の性だよ。でも何のとりえもないどうしようもないない人間と思われている人間でも一日8時間はたらけば、飯が食えるし家族も持つことができる。その生活を支える賃金が必要なんだ。そのためには経済的に社会からぬきんでることができた人間は稼いだ金を社会を支えるために補填することだ。これは成功した人間の徳の問題だ。

 一方では、社会の底辺の人間は不利尽な社会に公然と異議申し立てをしないといけない。これがかけていたら、社会は腐る一方だ。スペインで社会労働者党が政権についているのも、総選挙での大多数の労働者の一票・一票の積み重ねだ。

 急激な変革は社会混乱のもとだ。個人的にはそれのほうがおれはおもしろく人生をあゆめるとおもうけれど、平穏に生きたいというのが大多数の願いだ。小泉改革でみんなあたふたしているじゃないか。理想に重きをおくと現実がめちゃくちゃになる。現状の社会よりすこしでもましな社会、繰り返しになるがセイフティネットをしっかりと構築する、そこからすべてが始まる。そして実現したらもう一歩先に足をのばす。そうやって徐々に国民の権利拡大をひろげていったほうが社会の健全性が広がる。一気に階級社会をこわそうとして社会緊張・混乱がひろがるより、国民の理解も得やすいし、社会改革の早道のような気がするんだ。
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by kitatakeshi-blog | 2007-10-24 01:08 | 日本ななめ切り
格差と貧困 2
 格差と貧困についていい足りないので付け足すことにする。常連のおれの読者のかたには事細かに書かなくてもわかると思うが、働いても働いてもアパート代も払えず、月々の決まった支払いもできないような賃金体系が間違っているということだ。グローバリゼイションというのは安い賃金をもとめて世界中を駆け巡ることになる。たとえば中国やインドの労働者と日本の労働者とでは月々にかかる生活費がまったく違うわけだから、日本の労働者の生活維持のためには経団連がいうような、生活保護者の支給額より少ない賃金というのはナンセンスなんだ。労働法が経営者の利益に有利になるように改悪されてからというもの、生活苦に陥っている国民が増えているのは想像にかたくない。

 お金の貯えのある団塊の世代を親に持つ20代、30代は派遣で働いていてもなんとかなるかもしれない。パラサイトができる若い世代はまだ、ましだろう。しかし子供を養う能力がない親も増えている。そんな親のもとに生まれたら、親をうらみ社会をねたんで生きている人間も多いんだろうな。でも恥も外聞も捨てれば日本にいる限り、飯を食うには困らないだろう。期限切れのゴミ箱に捨てられたコンビニ弁当でも残飯でも食べることができる。おれも若いときのパリ時代に仕事もカネもなくてごみ箱に捨ててあった食いかけのハンバーガーに手が伸びたことがあった。でも精神までは病んでいなかったと思う。ただ単にカネがないだけだ、と自分に言い聞かせていた。

 カネがないことと貧乏は違う。精神が腐っているか、いないかだ。将来に希望があるか、ないかだ。世間の現状はとても冷たいだろうけれど、せめて自分を見失わないように、な。

 コメント欄を再開した。苦しいことがあったらコメントしてくれ。できる限り、返事を書くから。

 喜多武司 拝
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by kitatakeshi-blog | 2007-10-23 00:04 | 日本ななめ切り
格差と貧困
 遠く日本の世情をスペインから眺めていると、ネットカフェ難民としょうする新貧困層が増えている。正確な数はだれも把握していないし定義もまだ定まっていない。実質アパート等の住居がない非定住者ということであれば、その数は何万にもなる可能性がある。

 格差は自己責任の範疇にはいる。500万の年収が800万になる。大いに結構なことだし、がんばりがいもあるというものだ。しかし日本の生活水準で昼夜働いても200万にしかならないとしたらどうだろうか?まともにくらせるだろうか。これは個人の努力の限界をこえていないか。NHKスペシャルで格差問題を特集していたが、特に母子家庭のお母さんが子供を二人抱えて、朝から夕方まで働き、家に帰って家の用事をし、また違う仕事場で夜8時から夜中の2時まで働いても18万足らずの月収しか稼げず、いつ過労でたおれるかわからない状態を映し出していた。てめえが勝手に離婚なりして向かえた結末だ。しょうがねえじゃねいか、といえるかということだ。子供同士で、ほっておかれる子供も哀れだ。すくすく育つような環境にはない。

 個人的な話になるが今年の九月からオフィスをマドリッドで立ち上げた。二人の従業員がいる。パートタイマーで働いてもらうこともできたけれど生活の安定を考えて2ヶ月の試用期間のあと正社員として働いてもらうことになっている。もちろんボーナスも年2か月分の月収を払わなくてはいけないし、有給休暇も年に1ヶ月をあたえなければいけない。法令では週40時間働いてもらうことはできるけれど、私のオフィスでは35時間だ。金曜の午後から日曜日まで休みにした。一日7時間ほどの労働時間ということになる。家族との時間を大切にしてもらいたいと考えているからだ。

 パートでしか使ってもらえないと思っていたらしく、ふたりとも大喜びだ。みたところ士気はおおいにあがっているようにおもえる。あとは売上高があがり、オフィスを維持でき私の給料もでるようになれば万々歳だ。社会的弱者をないがしろにする昨今流行のアメリカ型グローバリゼイションとやらに微力ながら反抗してみたい。そんなことを考えている今日この頃だ。

2007年10月19日 喜多武司

 
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by kitatakeshi-blog | 2007-10-19 19:49 | 日本ななめ切り
日本人と戦争責任
 Xくん、森達也と齋藤貴男の共著である「日本人と戦争責任」の本をスペインに送ってくれてありがとう。久しぶりに感銘を受けた本なので、この本を通して考えてみたことを記してみたいとおもいます。

 渡辺清、おれ知らなかったんだ、こんな市井の巨人がいたことを。自らの戦争体験を突き詰めて自らに問い昇華して、この国のいい加減さ、だらしのなさを一生をかけて行動と文章で告発した。孤高のひととなろうとも、けっして自分の弱さから逃げようとしない。本当は自分は弱い人間である、ということをはっきりわかっていた人なんだろうな。だからこそはっきりと物をいう。

 昭和天皇が敵国であったマッカーサー元帥といっしょに撮ってある写真を見たときに渡辺清は激怒する。 戦後のだらしない無責任体制の始まりは、このふがいない天皇の姿に根本的にあると渡辺は考える。300万同胞が天皇の赤子となり戦争で死んでいった。その事実への責任が大元帥でもある天皇にはある。自決するなり退位するのがけじめというものだろう。それが敵国の軍門に下ったのだ。渡辺の天皇崇拝が憎悪に変わった瞬間だ。

 戦後の歴史を見てみても国のトップ周辺は悪さが発覚すると罪を認めず、逃げ隠れしてほとぼりがさめたころになると又復活してくる。また国民がこれを赦す。ここが問題なんだ。おれは赦していないよ、というやつがいるかもしれない。でもな、腹の中でブツブツ文句をいっているだけでは、社会にたいしてなんも影響力がないんだよ。公に行動し発言することこそ大切なんだ。
そこが日本人の大部分のひとにはできない。だから社会がおかしくなる。そんな社会世相を見て育つ子供たちがかわいそうだ。ろくな大人になるわけがない。

 日本には民主主義制度はまだ必要ないのかもしれないとおもうようになってきた今日この頃だ。個人主義が国民の大多数になったとしても民主主義維持には時間がかかる。日本人の得意な集団主義にもいいところがあるだろう。社会の矛盾に鈍感な人間ならばシンガポールやフランコ時代の強権政治はいいんじゃないか。そこそこメシが食えるしなんてったって安全だ。山口組の親分の町内にはコソ泥がいないのと似ている。もっと研究してもいい社会体制かもしれない。

 喉もと過ぎれば熱さ忘れる、多くの日本人にとってはピッタリのとてもいいことばだ。戦争で死んでいった人々の怨念をかなぐり捨てて、はやいところ為政者や財界が悦ぶ戦争のできる国に突っ走ることだ。そしてまた悲劇をくりかえす。国のトップ連中は逃げ切れるが国民は痛い目を見る。しかし月日が権力者への怒りを風化させて・・・。うん、いまのような感覚の日本人には民主主義はいらない。

喜多武司 拝



 
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by kitatakeshi-blog | 2007-08-18 04:26 | 日本ななめ切り
国民とカネ「100万円以下の領収書」はいらない
 あいかわらず日本の政治は目先のことであたふたしてますね。国民からは1円からの領収書を税務署が要求するのに、政治家にには大目に見ていたことから国民の反発を参院選では買ったわけだ。なんてことはない、この際100万以下の領収書はいらない、ということを国民にも拡大すれば、みんな万々歳だろう。税収がかなりおちて高給官僚の権威や特権がなくなり地に落ちて、闇経済がはびこり、それでいてスペインのように日本は経済成長をとげることだろう。経済戦国時代こそが経済活性化の原動力だ。みんな生きがいを感じてせっせと稼ぐことだろう。

 まあ、現実的ではないことを書いてしまった。現実的なことをいうと政治家と同じように国民も税務署にたいして5万円以下の領収書はいらないとすれば、国民も納得するのではないか。政治家が良い思いをしているというやっかみが国民の逆鱗にふれたわけだからね。社会は自由裁量の部分がおおきいほど居心地がいいと考える。

 基本的には官僚制度の権威が地に落ちない限りは、本当の意味での日本再生はない。全ての元凶は暗記丸呑み教育で成績の良い人間が社会の基本をつくっているところに問題があるんだ。そんなやつらはどうってことないんだという認識が社会に拡大すれば、世の中が大きくうごくことになる。そこから21世紀のあたらしい社会体制が生まれてくるんだ。 

 今回の参院選では民主党が参院選で大勝したことで、政局が緊迫感があっていいじゃないか。1票の重みというものをみんなひしひしと感じているんじゃないのか。欲をいえば共産党と社民党がもうすこし第三極らしきものになっていれば、もっと政局はおもしろいんだがな。この際、左翼連合なんて大枠の政党に共産党と社民党が会派になって少しでも死に票を減らす気持ちがないといけない。共産党なんか特に日本共産党の看板を下ろすぐらいの器量があれば、ずいぶんとたくさんの国民が投票するとおもうんだけどな。

 とりあえずは民主党にがんばってもらいましょう。なんかずっこけそうな気がするけど・・・
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by kitatakeshi-blog | 2007-08-04 05:33 | 日本ななめ切り