自分の人生の主役は自分なんだよ。
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2007年 03月 30日 ( 2 )
君が代不起立で教諭、6ヶ月の停職
 1999年、国旗国歌法案が国会でさいたくされたとき、野中官房長官は国旗国歌は強制いたしません、といっておられた。そんなのはウソだ、とその当時自HPでかみついた文章を掲載した。

 今回、東京で町田市立中教諭が懲戒免職につぐ停職6ヶ月をと都教委からいいわたされた。東京都では2003年10月から国歌斉唱時に教員は起立を義務づけられている。今まで不起立のために314人の教員が処分をうけている。なかには定年後の再雇用選考にごうかくしていた教員もふくまれる。停職6ヶ月の教諭は「覚悟はしていたがあまりに重い。次は免職かもしれないが教員生命をかけて強制に反対していきたい」とコメントした。

 為政者は楽に国民をまとめたい、とおもうのが常だ。とくに発展途上国では謙虚にあらわれる。国旗国歌のたぐいは国に都合がいいような人間をつくることを目的とする。長いものには巻かれろ。お上に逆らっちゃ痛い目にあうよ、というメッセージが一連の教員処分だ。そのあと、こざかしくうるさい教員がいなくなったら、生徒たちに矛先を向けてこよう。生徒たちのなかにも反骨の先生の姿を見て気骨があるものは、起立はしまい。しかしそんな生徒も月日が自然に処分してくれる。いつのまにか日の丸君が代が当たり前の社会的常識になっていく。

 まだ間に合うんだ。反骨先生が人生をなげうって闘っている間は、まだ間に合う。国家の強制には断固として反対しないと、取り返しのつかないことになる。先の戦争でいやなほど国民は犠牲をしいられたじゃないか。

 ことの本質が分かっているものは周りの人間にお上の強制がなぜいけないのか啓蒙しようじゃないか。発展途上国から真の先進国に脱皮しよう。国民あっての国なんだ。国あっての国民ではない。そのためには個を確立する事が何よりも大切だ。なぜなら世間の風潮にながされていては個々において充実した人生は送れないからだ。飽食やエステにばかりうつつをぬかしてるな。お上と闘う教師を守ることもしてこそ、飽食やエステも生きてくるんだ。

 世間の風は冷たいかもしれないが、世情に流される人生をおれは送りたくない。

2007年3月30日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2007-03-30 21:03 | 日本ななめ切り
マドリッドの地下鉄にて
ふと本から目をそらして、あたりを見廻した。早朝のラッシュ時の地下鉄内部は押し合いへし合いの喧騒をかもし出していた。私のまえの中年の女性は体をねじまげて本を読んでいる。そのひとの横の青年はつり革に両手をあわせて立っている。

 私がすわっている席から左前方2mほどのところに中南米系の女性らしい褐色の肌をした小柄な若い母親が一歳半ほどの赤ん坊を抱いて立っている。横には8歳ほどの娘が無表情で母親に寄り添っていた。

 スペイン人の若い女性が母子のまえに座って、本に目を落としている。最近自分自身も子供をもったことで、子供も1歳半ほどになると体重が10キロを越してきてかなり重い、という経験をした。ふと席を替わってあげようかな、という気持ちが芽生える。しかしすこし距離があるし、車内は身動きの取れないほどの混雑だ。
まあ、いいかというという気持ちで再び自分の本に目を落とした。

 すこし間をおいて男性の声が車内に鳴り響いた。
「このご婦人に席を譲ってあげてください!」きっぱりとした張りのある声だ。すかさず私の左横に座っていた女性が立ち上がった。私同様母親との距離があるので立ち上がるのを躊躇していたのかもしれない。

 しまった、と心の中で叫ぶ。金縛りにあったように私の体は動かない。何ともいえない自己嫌悪が体中を走りめぐる。どうしてすぐに席を譲ってあげなかったんだろう。どうして・・・

 赤ん坊を抱えた母親は無言で席についた。声の主は席を譲ってくれた女性に、これも張りのある声で礼をのべる。グラシアス!と。

2007年3月30日 喜多武司
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