自分の人生の主役は自分なんだよ。
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2005年 07月 17日 ( 2 )
憲法について
 現日本国憲法は賞味期限切れだとばかりに改憲の方向に政治家やマスコミは世間を誘導している。われわれ庶民の側からすると、なんの問題もない憲法のようにおもうのだけれど、権力をお持ちの人々からすると、いかにもやりにくい憲法のようである。

 ということは現憲法は充分に機能をはたしているということになる。なぜなら、近代憲法というのは権力者への足枷法だからである。政治家のなかには国民の義務の記述が極端にすくないとのたまうセンセイがおられるが、このセンセイ、憲法とはなんなのか、ということを考えたことがあるのだろうか。極端な言い方をすれば国民の義務と憲法はなじまないというのがおれの考え方だ。例えば憲法で定められている納税の義務。今までの政府の税金の使い方をみると払う気がしないね。おれの納税の一部は確実に天下りの人々の給料になっているもの。おれの意思が通る納税システムならば、払う気がするが現行制度では良くて節税、あわよくば脱税したいくらいだ。

 戦争放棄を規定した第九条にしてもそうだ。先の大戦で日本がどれだけ近隣諸国に迷惑をかけたか。その足枷のために規定された条項だ。けっして日本国のための条項ではないんだ。つまり中国や韓国・朝鮮といった近隣諸国の安全のために定められたということだ。そこのところがいまひとつ若い世代に浸透していないのではないかな。おれと同じ世代の40代後半の政治家も、近隣諸国安全条項としての憲法第九条なんだという認識をしている人間がどれだけいることか。

 どうかマスコミや政治家に踊らされないで欲しい。なにもおれたち庶民が困るようなことことは何もないんだ。憲法改正の風潮を笑い飛ばすような1人ひとりであってほしいな。

2005年7月17日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2005-07-17 21:30 | 日本ななめ切り
朝の散歩
 日向で40度は越すであろう夕方は避けて、朝方散歩をしている。新参者の娘を乳母車にのせて奥さんと3人での散歩だ。といっても近くのバルにモーニングをしに行くだけんだけれど、街路樹が鬱蒼としげっているので、そとのテーブルがほぼ完全に日蔭になり、風通しもいいときている。

 家の娘は外が大好きだ。夜10時から朝10時まで寝てくれるすばらしい赤ん坊なのだが、目が覚めミルクを飲むといざ出陣といわんばかりにむずがりだす。朝寝坊が好きなうちの細君もむずがり声にしびれを切らして起きてくる。まともに朝に眼がさめるとどうしても人間、朝食を欲する。ついついバルにいってモーニングを頼もうかということになってしまう。

 一番木陰になっている外のテーブルに陣取り、ミルクコーヒーとポーラを注文する。しかしどうも来るのが遅いせいかポーラが売り切れだ。ポーラというのはチューロス(揚げパン)よりも太い棒状のものだ。直径2.5センチ、長さ30センチほどもあろうか。しかたなく、トーストを頼むことにする。揚げパンこそマドリッドの朝食だとおもっているおれにはとても残念なことでもあるんだ。

 まあ、朝食を食べながら、子供をあやしカミサンとたわいもない会話に話が弾む。こういうのを一家団欒というのだろう。どんな人間も死ぬまでこの調子で毎日が過ぎればこんないいことはないかもしれないが、そうは問屋が卸さないというのが人生だ。明日のことは誰にもわからない。今日という日を楽しめないやつはいつまでたっても人生をたのしめないのではないかというのがおれの実感だ。おれは今日という日を楽しむために生きる。

 さてと、バルにモーニングしに行ってくるか。

2005年7月17日 喜多武司
 
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by kitatakeshi-blog | 2005-07-17 18:51 | 私的なこと