自分の人生の主役は自分なんだよ。
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マドリッドの地下鉄にて
ふと本から目をそらして、あたりを見廻した。早朝のラッシュ時の地下鉄内部は押し合いへし合いの喧騒をかもし出していた。私のまえの中年の女性は体をねじまげて本を読んでいる。そのひとの横の青年はつり革に両手をあわせて立っている。

 私がすわっている席から左前方2mほどのところに中南米系の女性らしい褐色の肌をした小柄な若い母親が一歳半ほどの赤ん坊を抱いて立っている。横には8歳ほどの娘が無表情で母親に寄り添っていた。

 スペイン人の若い女性が母子のまえに座って、本に目を落としている。最近自分自身も子供をもったことで、子供も1歳半ほどになると体重が10キロを越してきてかなり重い、という経験をした。ふと席を替わってあげようかな、という気持ちが芽生える。しかしすこし距離があるし、車内は身動きの取れないほどの混雑だ。
まあ、いいかというという気持ちで再び自分の本に目を落とした。

 すこし間をおいて男性の声が車内に鳴り響いた。
「このご婦人に席を譲ってあげてください!」きっぱりとした張りのある声だ。すかさず私の左横に座っていた女性が立ち上がった。私同様母親との距離があるので立ち上がるのを躊躇していたのかもしれない。

 しまった、と心の中で叫ぶ。金縛りにあったように私の体は動かない。何ともいえない自己嫌悪が体中を走りめぐる。どうしてすぐに席を譲ってあげなかったんだろう。どうして・・・

 赤ん坊を抱えた母親は無言で席についた。声の主は席を譲ってくれた女性に、これも張りのある声で礼をのべる。グラシアス!と。

2007年3月30日 喜多武司
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