自分の人生の主役は自分なんだよ。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
これからの日本の方向性
 靖国神社に首相が参拝すれば中国や韓国から非難の嵐が沸き起こる。けっして隣国との友好関係は持続できない。しかし政府はそれでよしとしているように見受けられる。たとえば中国と経済交流はアメリカを上回る規模だ。人的交流も活発化している。それに水をさすような首相の行動をどのようにかんがえればいいのか。

 靖国問題は教育基本法改悪や憲法改悪へ波及するもんだいだ。ここで改正ではなくて改悪ということばを使う訳は政府にとっては改正だが、一般国民にとっては改悪だ、と言う意味だ。

 戦後教育基本法の精神を政府はないがしろにしてきた。物言わぬ民を造るためだ。一億総痴呆化政策ということもいえよう。なんでこんなつまんないこと勉強しなくてはならないんだ?と学校時代におもったことは無いか?ほとんどのひとが思ったんじゃないのか。そう、勉強の意義を教えずに詰め込み教育をすることによって思考停止にしてブロイラーのごとく経済生産性をあげさせるのに都合がいい人間をつくるための教育を戦後日本はしたんだ。

 学校教育の意義は広く浅く学んで来るべき社会人になってより深く勉強しようと思ったときの基礎を学ぶことなんだ。けっして一流大学・一流会社にはいるためのものではない。だから学校時代にたとえば歴史を勉強したい、と決めれば、それに熱中すればいい。参考文献なんかを読むこともあろう。そのときに分からない漢字がでてきたら、辞書で調べればいい。それこそが本当の勉強というものだろう。なにも腹が決まった学生は他の勉強なんかすることないよ。実社会では小学校4年程度の学力があれば十分生きていける。そしてそうした学生時代をおくった人々の生き様が多様化した社会を創っていく。それが社会の新たな原動力になっていくんだ。そしてこのような学校教育こそが教育基本法の精神だ。

 しかしそんな教育を受けていない現在の民の生活はどうだ。物心ともに快適な生活が送れていいはずなのに大多数の国民は時間におわれ、一家団欒のひと時もおくれないじゃないか。なんのために家族があるんだ。ましてや小泉政権誕生いらい、格差社会が拡がっている。フリーターと正社員の賃金格差は拡がる一方だ。存在意義さえ危ぶまれる階層が国民のあいだにできつつある。このまま行くと将来、徴兵の前段階としての志願制ができたとき、好待遇に魅了されてこの階層から軍隊に入っていくことになる。

 行き着くところまで行かないとほとんどの人々が国の将来が分からないとみえる。どんと日本経済が落ち込んで悲劇をみんなで共有しないと大多数の国民にとって本当に有益な新しい社会が出来ないのかもしれないな。まあヨーロッパは悲劇の共有があるからこそ、民主主義が大多数の国民に享受できているんだが・・・

2006年8月14日 喜多武司
[PR]
by kitatakeshi-blog | 2006-08-14 00:57 | 日本ななめ切り