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靖国神社問題
 8月15日に小泉首相が靖国神社を参拝することが確実視されているようだ。毎年小泉首相は参拝しているが、いついっても中国や韓国から非難の嵐につつまれるなら、彼の性格ならば公約通り15日に参拝を強行するだろうとおれもおもう。

 しかしなぜ首相が靖国に参拝すると中国や韓国が非難するのか。そこのところを分からない国民がおおいのではないか。まあ、おれのブログをみていてくれる読者には、そのくらいのことは分かっているとおもうけれど。

 国民の大方が「忘却史観」に肩入れしているようにおもえる。すこし歴史をおさらいしておこう。

1867年 戊辰戦争
1869年 東京招魂社創建
1879年 靖国神社に改名
1945年 連合国軍による神道指令発令(12月15日)
1946年 宗教法人化(2月2日)
1951年 吉田茂 参拝
1959年 BC戦犯合祀
1975年 昭和天皇、最後の参拝
1978年 A級戦犯合祀
1985年 中曽根首相 公式参拝(8月15日)
2006年 小泉首相 公式参拝(8月15日)?

 19世紀と言えば国民国家ができあがる時期だ。幕藩体制にかわる国民国家を創るうえでどうしても国民統合の象徴が必要で、京都においでであった天皇を国家元首として祀り上げる。たしか江戸時代までは真言宗の檀家であった天皇家の宗教を維新政府は幼少明治天皇にやめさせて神道を日本国民の義務的宗教に祀り上げるようになる。そして戊辰戦争で官軍側で戦死した国民を日本国のために死んだ神として東京招魂社に祀ることとなる。したがって維新政府・天皇に反逆し西南戦争で死んだ西郷隆盛は靖国に祀られていない。

 時代はさかのぼって1945年の連合国軍による神道指令発令は重要だ。時の権力者GHQは靖国問題を穏便に解決しようとして、靖国解体ということは思いとどまる。一宗教法人としてとどまるか無宗教の公共施設になるかの二者択一を靖国神社はGHQから迫られる。そして翌1946年2月2日に延命策のために一宗教法人となる。つまり宗教性と公共性を併せ持った靖国ではGHQは許さんということだ。違う角度からいうと信教の自由と政教分離をGHQは靖国神社に強要した。敗戦という事実をわきまえれば道理ということがいえる。

 日中戦争では日本は310万の死者を出している。遺族の方の思いは無念というほかない。せめて靖国に神として祀られなければ立つ瀬がないというものだろう。その気持ちもよく分かる。でも大日本帝国がアジアの地・中国で引き起こした戦争のために犠牲になったひとびとはそれを上回る1000万人以上なんだ。あちらの遺族の気持ちも慮ってほしい。

 この問題の「落としどころ」として天皇と国民を免罪するかわりにA級戦犯といわれる人が絞首刑になった。天皇制と日本国民を守るための生贄にA級戦犯がなった。この歴史的事実はしっかりとおれたちの胸に刻み込まないといけない。
 
 つまりA級戦犯に罪をなすりつけたのに現日本国首相がその人々を祀っている靖国神社に参拝することは、中国政府からすれば自国民を説得できない。またぞろ日本帝国主義が復活するのではないかと危惧するのはもっともなことだ。だから首相参拝には反対するんだ。

 靖国問題は参拝賛成派、反対派のなかでも四分五裂している状況だ。もし小泉さんが15日に参拝するならば、日本国民にとってすばらしい問題提起をすることとなり、日ごろ忙しさにかまけている一般国民にも少しは物を考える時間をあたえることになろう。

 いずれにしても過去の歴史をよく吟味しこれからの日本はどういう方向にいけばいいのかということと靖国問題は密接に結びついている。

2006年8月13日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2006-08-14 00:17 | 日本ななめ切り