自分の人生の主役は自分なんだよ。
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小学1年少女殺人事件
 広島で起きた小一少女殺人事件で、日系ペルー人が犯人として捕まった。詳細は今後の捜査での解明を待つしかないのだが、あまりにも痛々しい。おれも生まれたばかりの娘がいるがこんな事件に巻き込まれたらどうしようか、今から考えておかなくてはいけない。こんなことを考えるような社会になってしまったことが、一番頭にくる。しかし想定できた事件でもある。

 なぜ想定できるのか。それは小泉改革が進むにつれてむき出しの資本主義が社会で大手を振っているからだ。会社の財務内容をよくするためにリストラするなんぞ空気のように当たり前になってしまった。小泉改革で恩恵をうけるのは本当は10人にひとりぐらいじゃないか、とおれは思っている。その中に入れればこんな極楽はないだろう。しかしそうは問屋は卸さない。

 この日系ペルー人も小泉改革のもと、まわりにまわってリストラされて明日をもしれないその日暮らしをしていたのではあるまいか。将来に希望が見出せない若者には、自暴自棄にならざるを得ない。社会的弱者はより弱いものを見つけて襲い掛かる。おれも高校時代、家を飛び出し、ひとりでバイトをしながら高校に通っていたが、進学校だったこともあり大学に行くのは当たり前の環境のなかで、悶々としていた。たとえ大学入学したって一高校生がどこから入学金をもってくればいいんだ?そんなところから勉強することに意義を見出せずにいた。自堕落な生活の3年間であった。

 そんな経験をしてきたせいか、この容疑者の気持ちがいたいほどわかる。むしゃくしゃしてたんだ。そしてそのことを相談する人間もいないし、親身になって世話をしてくれる人間が周りにいなかったのではないかな。俺の場合は幸運にも親身になってくれる親代わりの人がいたから助かったけれど。もしそんな人間がいなければ犯罪のひとつやふたつ犯していたかもしれない。

 社会的に虐げられている人間を増産しているのが、小泉改革の美名のもとで進んできた社会変革だ。そんな虐げられた人間が増えれば増えるほど、内向し社会不満のエネルギーとなって、どんでもない形になって爆発することだろう。そう10年前のオウムサリン事件は今後日本社会が突き進む序奏の犯罪でしかない、ということがみんなの目にも明らかになる日も遠いことでもないかもしれないな。

2005年12月2日 喜多武司
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by kitatakeshi-blog | 2005-12-03 00:46 | 日本ななめ切り